2010年1月アーカイブ

こないだの週末、池袋ゆきの西武線の窓から久しぶりに夕日をみた。ちょうど前にすんでた場所あたりから。あの辺は、天気がよければ秩父とか埼玉の奥やら多摩の方にある山が見えて、この時期はまさにそっちの方に夕日が沈んでいく。

まん丸の夕日が見えたとか、空一面が見たこともないようなオレンジ色になったとかとりわけそんな感想を持った訳じゃないし、実際太陽自体は沈んだ後だったけど、空にオレンジとか紫とかその他知らない色のグラデーションがかかっていて。柄にもなく素直にきれーだなーなんて思ってしまった。

夕日をみてきれーだなーなんて思ったのはいつ振りだろう。
ほんの二三年前は、ちょっとでも夕日が出たらカメラを持って出てバシャバシャ写真を撮ったりしてたけど、たぶんその頃は純粋にきれだーとか思えてたんだと思う。ほんの二三年のうちに気がついたら夕方空を見上げなくなったし。そもそも、夕日がきれいだなーなんて思う感性もふさぎ込んでいたんだと思う。

なんでだろうなーって考えて、年を取るに連れて時間感覚が短くなるのと、夕方に空を見上げるような余裕がなくなったんじゃないかと勝手に推測してみた。

時間感覚が短くなると、一日の価値がめちゃくちゃ軽くなるような気がしてたまらない。
日々淡々とこなすって感じ。だから別に今日夕日を見なくてもいい、明日があるしあさってがある。何もしなくても明日が必ずやってくるからとりわけ毎日起こる自然現象なんかに目を向けなくとも次があるなんて、大人になってかってに思い始めてるのかもしれない。
ちょうど先週の金曜日に教授から30過ぎると時間の流れがもっと早くなるよ。。。などと、優しく諭されたのでこわいこわい。一日にもう少し重みを。

それでもう片方の夕日を見上げる余裕云々だけど、年を取ると以前より考えることが増えたと思う。具体的に、頭の中で「あれをこうして」、「あれがそれでどうなる」なんて常に考えている訳じゃないけど、たぶん無意識のレベルで何かを考えてるはず。何も考えてないつもりでも、関わる人が増えたり、やらないと行けないことが増えると常に頭に留めておかないとならないことは多くなる。その結果、考えてない様で考えてる。だから脳みそは余計な情報は受け付けたくないのかも。

夕日がきれいだろうがきたなかろうが、僕の人間関係にも、卒業に必要な単位にも関係ない。すると「じゃぁ、後回しね。」と脳が勝手に見せなくさせてるのかも。
後回しならまだいいけど、「見るな見るな」となればそれは自分自体に余裕がない状態かもしれない。

ともかく・・
これからさらに年月がたつにつれて、もっと時間は早くなるし考えないとならないことが多くなる。
だからこそ、せめて夕日ぐらいはきれいだと思いたい。。



あっ・・・
というまに2010年になりましたね。

明けましておめでとうございます。
今年も何卒よろしくお願いします。

さてさて、今年から社会人ということで、なんと申しますか自分の人生の中で最も旬とも言える20代真っ只中のスタートを2010年というなんとも区切りのよい。そして、小気味のいい年から始められるというのはこれまた幸せ話だなーと昨日市ヶ谷の釣り堀で全く沈む気配を見せない浮きを眺めながら思いました。

さてさて、世の中は不況真っ盛りと新聞もテレビもネットも暗いニュースでいっぱいですが、せめて自分の頭の中と周囲くらいは明るく保って今年もがんばろーと思いますのですー。

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